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名古屋地方裁判所 昭和28年(行)1号 判決

原告 松田長之助

被告 愛知県知事

主文

被告が原告に対し昭和二十二年十二月二日附をもつて原告所有にかゝる春日井市宮町百六十九番田七畝二十八歩についてなした買収処分は無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

春日井市宮町百六十九番田七畝二十八歩(以下本件土地という)は原告の所有であつたが、昭和二十二年十二月二日旧自作農創設特別措置法(以下自創法と略記する)第三条によつて買収された。しかし右買収処分は次のような理由によつて無効である。すなわち、本件土地については既に昭和二十一年三月頃春日井市が同市立西部中学校々舎の敷地に使用することを決定していたものであつて、右買収後これを小作人に売渡すことなく、そのまゝ同校の敷地に使用して現在に至つているのであるから、本件土地買収処分は自創法の目的とする農村民主化のための強制買上げではなく、もつぱら学校敷地に供するために買収したものである。そもそも、学校敷地に供するための土地買収は自創法による買収処分によつてはこれをなし得ないところであつて、被告がその許容されないことを知悉しながら敢て右買収処分により強制買上げしたことは自創法の濫用であり、財産権は憲法上不可侵のものとして保障され理由なくこれを侵すことの憲法違反であることに照らしても、本件買収処分の瑕疵は重大であつて無効である。

次に被告の主張に対しては右のとおり答弁する。被告は本件土地を買収適格農地として買収したと主張するが、前記中学校の敷地に決定した以上、もはやこれを買収適格農地として買収すべきではない。そして右敷地決定が買収前になされていたことは次の事情からも明らである。すなはち(一)現行の学制が実施されたのは昭和二十二年四月一日であつて、春日井市もこれが実施にそなえてその以前から敷地候補地を物色していたこと(二)本件土地を含む学校敷地においては、昭和二十二年度の米作はいつ校舎建築が着工されるか予想できなかつたため作付をしなかつた箇所もあり、又たとえ作付したとしても無肥料であつたこと(三)右中学校建築のための予算は昭和二十三年度春日井市歳入歳出予算に計上されているが、その提出が昭和二十三年二月二十八日であること及び建築費として三百七十九万六千九百五十円が計上されていることから考え、その敷地が既にその以前において決定していたことがうかゞわれる。即ち地方公共団体の手続として、建築費の算定予算案の作成等予算案提出までに四、五ケ月を要することからみれば、昭和二十二年十二月二日以前に敷地として決定されていたものと考えられること、等の事情である。更に被告は本件土地は買収後小作人の落合はなに売渡され、次いで同人から政府が先買したと主張するが、右は不法な買収目的を覆いかくすための単なる偽装にすぎない。すなわち、落合はなに本件土地が売渡された事実はなく、ただ同人に売渡した如く偽装したにすぎないから、同人は買受代金を支払つたこともない。又中学校の敷地にするために同人から自創法第二十八条による買取申入があつたという形式を整えるため、情を知らない同人から必要書類に捺印を得たのであるから、同人が買取代金の支払をうけた事実もない。右の各事実からみれば本件土地の買収処分は専ら学校敷地を得ることを目的としてなされたものであることは明らかである。

(証拠省略)

被告代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、原告の請求原因事実中、本件土地が原告の所有であつたこと、原告主張の日時に自創法により買収されたこと及び本件土地が現に春日井市立西部中学校の敷地の一部になつていることを認め、その余の事実はすべて否認し、更に次のとおり主張した。

本件土地は自創法第三条所定の買収適格農地に該当していたので、政府は昭和二十二年十二月二日原告からこれを買収し、同日小作人落合はなに売渡したものであるが、その後昭和二十三年四月一日前記中学校の敷地が決定し、同敷地内にあつた本件土地についても所有者落合はなの納得のもとに自作を廃止し、自創法第二十八条によつて政府に先買され、再び政府所有となつて現に春日井市に貸与され敷地の一部として使用されているのである。すなわち、原告主張のように当初から学校敷地に供する目的をもつて買収したものではない。現に敷地の一部になつていることから推して当初から敷地にあてる目的をもつて買収したと速断することは誤りである。尤も前記落合はなに対する売渡については、その売渡計画が県農地委員会で承認されたのが昭和二十三年三月三十一日であるから、現実の売渡は右承認日時以後のことであるが、売渡の効力は買収処分の時に遡つて生ずることとしうるので、買収と同日たる昭和二十二年十二月二日付をもつて落合はなに売渡したことに書類は作成されているのである。

(証拠省略)

理由

本件土地が原告の所有であつたこと、昭和二十二年十二月二日自創法第三条によつて政府に買収されたこと及び現に右土地が春日井市立西部中学校の敷地の一部になつていることは当事者間に争のないところである。

よつて、右土地が政府に買収され中学校の敷地として使用されるに至つた手続上の経過を、成立に争のない乙第四、第五各号証、真正に成立したものと認められる乙第二号証の一、二及び証人大竹政一の証言によつて辿つてみると、次のとおりである。すなわち、本件土地は右買収の当日たる昭和二十二年十二月二日付で自創法第十六条により政府から小作人落合はなに売渡され、次いで昭和二十四年十二月十五日附で同人から自創法施行規則第十条により愛知県知事に宛て自作廃止の届出書が提出され、政府において自創法第二十八条によりこれを先買し、その後昭和二十五年二月六日春日井市長の申請に基き、昭和二十七年四月十一日附で自創法第四十六条に基く国有農地等の一時貸付に関する規則により愛知県知事から春日井市長に貸付けられているものである。これによつてみれば、買収及びその後学校敷地として使用するにいたるまでの法的手続において、別段形式的に欠けるところはなんら認められない。

従つて問題は、右買収に関する一連の手続が果して原告主張のように、学校敷地獲得の手段としてなされたかどうかということに帰するので、以下この点について判断する。

第一に、右中学校の校舎敷地がきまつた時期について考察しよう。この点について被告は、敷地決定の時期は昭和二十三年四月一日であつたと主張するが、証人足立聰(第二回)の証言及び真正に成立したと認められる乙第三号証の二の記載によれば、昭和二十三年二月二十八日春日井市議会に提出された昭和二十三年度同市歳入歳出予算案において、西部中学校の本建築費として三百七十九万六千九百五十円の金額が計上され、同年三月十三日の市議会において右の通りの議決がなされていること及び同年三月頃訴外池田組との間の右校舎建築工事につき請負契約の締結されていることが認められるので、他に特別の事情のない限り、右敷地決定は遅くとも右予算案提出の昭和二十三年二月二十八日以前においてなされていたものと認めるのが相当であるから、被告の主張は採用し得ない。次に昭和二十二年四月からいわゆる学制改革が実施され、新制中学校が発足したことは公知の事実であるが、証人足立聰(第一回)、同穂積敏男、同安藤錠太郎の各証言によれば、春日井市においては第二次大戦中の勤労動員学童の復帰に伴い校舎が狭隘となり、その拡張の必要が切実に感ぜられ、校舎の新設が考慮されていたこと、たまたま間もなく右学制改革が行われることになつたので、昭和二十二年四月の市議会及びその前回の市議会において学校敷地問題がとりあげられたこと、及び新発足の西部中学校はとりあえず同月から戦時中女子師範学校が疎開使用していた兵舎を借りて児童を収容することにきめられたことが認められるから、これらの事情を総合すると、春日井市においては既に昭和二十一年中から学校敷地決定の必要が叫ばれ且つその実現えの努力がなされていたことが看取できる。ところで証人足立聰(第一回)、同穂積敏男の各証言によれば、春日井市としては学校敷地の選定は地元民、区長、市会議員及び農地委員会等に一任し、その選定にもとずいて敷地を決定することになつていたことが認められるので、右の選定があつたときに学校敷地は事実上決定したものと認めてよいと考えられる。更に証人石黒広吉、同名倉仙吉、同小川重喜知(第一回)同松田兼一の各証言によれば、西部中学校の敷地となつた農地の耕作状況として、昭和二十二年度の米作は無肥料或いは充分な肥料を施さないでなされ、昭和二十二年六、七月頃には市の農政課に対しこの部分の産米の供出を免除してもらうように申請がなされたこと、供出は結局一般と同様になされたが、昭和二十三年の夏頃に市より還元米が支給されたことが認められ、他方昭和二十二年三、四月頃には右敷地の範囲を画するためその境界に抗が打たれたこと及び敷地の耕作者に対し同年四、五月頃学校の敷地とすることの同意書の提出を求めたことが認められるので、これらの事実と前記認定の学校敷地問題に対する市当局の態度とを併せ考えると、昭和二十二年四、五月頃には学校敷地の選定が既にほぼ完了していたものと認めることができる。右認定に反する証人足立聰(第一、二回)、同穂積敏男、同安藤錠太郎の各証言は信用せず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

第二に、本件農地について買収計画を樹立した春日井市農地委員会が当時右学校敷地選定の事実を知つていたかどうかということについて考えてみよう。証人足立聰(第一回)、同穂積敏男の各証言によれば、前示の如く学校敷地選定を地元関係者及び農地委員会に一任した趣旨は、農地を学校敷地とすることについて法律上並に事実上諸種の問題があつたため、地元農民の協力及び農地委員会の関与を求める必要があつた為であることが認められ、又前記証言によれば右農地委員会が現実に敷地の選定に参加していたことが明かであるから、これによれば農地委員会は右敷地選定の事実を知悉していたばかりでなく、積極的にこれに関与していたことが肯認でき、他に右認定を動かすに足る証拠を見出し得ない。

第三に、農地委員会が本件土地を買収するに際しこれを学校敷地とする目的で買収したかどうかの点を検べてみよう。農地委員会が右敷地選定に積極的に関与していたことは前認定のとおりであるが、証人足立聰(第一、二回)の証言によれば、春日井市市長が農地委員会に対し学校敷地に該当する農地の買収代金及び小作人の作離れ料の増額を請求したところ、農地委員会はこれを拒絶し、土地代金は農地価格によることにしたこと及び当時地元及び市には充分な学校建設資金がなく、軍の建物の払下等により経費の節約をはかろうとしていたこと等の事情が認められ、又証人石黒広吉、同名倉仙吉、同落合はな(第一、二回)の各証言によれば、敷地となつた農地の耕作者に対してはそれぞれ換地が提供され、右換地を拒絶した小作人落合はなに対しては一反一万円の割合の作離れ料が支給されたことが明かであり、これらの事情と本件土地と同時に買収された農地につき現実に小作人に売渡された事例の存しなかつたことや、前記認定の買収から校舎建築までにわずか六ケ月の期間しかなかつたこと等を併せ考えると、本件土地の買収は全く学校敷地獲得のための手段として行われたものと断定して差支えない。

そこで最後に、学校敷地獲得のための手段として(それのみのための手段として)農地買収処分がなされた場合、その効力如何について判断する。自創法第三条による買収は、同法第一条において宣明されているように、自作農の創設等による農業生産力の発展と農村における民主的傾向の促進のための施策の一環として、その目的に奉仕する範囲においてのみ強行することが許され、農地買収機関もその限度においてのみ買収の権限を行使しうるものである。

従つて、学校敷地獲得の目的をもつて農地を買収することは明かに違法であり、とうていこれを有効なものとは考えることはできない。故に本件の場合、たとえその処分が形式上一応適法な手続を履んでなされたとしても、実質的に観察して右は農地買収機関の権限外の行為として、当然に無効なものと解するを相当としよう。

よつて原告の本訴請求はその理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する次第である。

(裁判官 山口正夫)

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